昭和35年の最高裁判決。
なぜ、これほどまでに劇的な逆転劇が起きたのでしょうか。
正直なところ、条文だけを素直に読めば「おかしい」と感じるのが自然です。
この裁判の争点は、昭和26年に無資格で「HS式無熱高周波療法」を行ったことが、あはき法に抵触するかどうかでした。
当時の法律(昭和22年法律第217号)を見てみましょう。
第一条 医師以外の者で、あん摩、はり、きゆう又は柔道整復を業としようとする者は、それぞれ都道府県知事の免許を受けなければならない。 第十二条 何人も、第一条に掲げるものを除くほか、医業類似行為を業としてはならない。 第十四条 次の各号のいずれかに該当する者は、これを五千円以下の罰金に処する。 二 ……第十二条の規定に違反した者
- 昭和28年4月16日 第一審(平簡易裁判所):有罪(罰金1,000円)
- 昭和29年6月29日 控訴審(仙台高等裁判所):有罪(控訴棄却)
条文に照らせば、完全に有罪です。実際、最高裁に至るまでの下級審ではすべて有罪と認定されていました。
ところが、です。ところがですよ。 昭和35年1月27日の最高裁判決では、一転して「無罪」が言い渡されたのです。
この流れ、やはりおかしいんですよね。 よく「法律よりも憲法が優先される」とは言いますが、実社会ではそれは建前に近く、刑事事件であれば法律の規定に基づいて裁かれるのが通例です。
この事件も、本来は法律違反による処罰が目的だったはずです。
それなのに、なぜ最高裁は唐突に「憲法(職業選択の自由)」を持ち出し、法律の解釈を180度変えてしまったのか?
もうこれ、13年か14年前からの疑問でした。
調べました。そうしたら、あったんですよ。
公的に「あはき柔整以外の医業類似行為」を営むことができた、既得権益的な存在。そして、それを裏付ける決定的な一文が。
それが、こちらです。
平成3年6月28日付 医事第58号(厚生省医務局医務課長通知) 1、医業類似行為に対する取扱いについて (2)あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう及び柔道整復以外の医業類似行為について (原文抜粋) あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう及び柔道整復以外の医業類似行為については、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律**附則第十八条(※)**により、同法公布の際引き続き三箇月以上医業類似行為を業としていた者で、届出をした者でなければこれを行つてはならないものであること。したがって、これらの届出をしていない者については、昭和35年3月30日付け医発第247号の1厚生省医務局長通知で示したとおり、当該医業類似行為の施術が医学的観点から人体に危害を及ぼすおそれがあれば禁止処罰の対象となるものであること。 (※注:昭和26年当時は附則12条の2、現在は附則18条)
この一文が意味するのは、昭和22年のあはき法公布時、「届出によって継続を認められた無資格の施術者」が法的に存在していたという事実です。
「無資格であはき法以外の医業類似行為を業とすること」が特例として認められていた。この歴史的事実こそが、昭和35年の最高裁判決に決定的な影響を与えたと考えられます。
その論理的なつながりを整理してみようと思います。
法律が抱えていた「自己矛盾」
昭和22年に制定された「あはき法」の附則には、「法公布の際、引き続き3か月以上医業類似行為を業としていた者は、届出をすれば当分の間、その営業を継続できる」という経過措置がありました。
この通達は、日本の医務行政における「既得権(きとくけん)」に関する非常に重要なルールを説明していると思います。
結論から先に言いますと、「新しい法律ができる前からその仕事をしていた人だけは、特別にそのまま続けていいですよ」という例外規定のことを指しています。
届出制度の概要
- 原則:資格がないと「医業類似行為」はできない
現在、日本では体に触れて治療のような行為を行うには、あん摩マッサージ指圧師や柔道整復師といった国家資格が必要です。しかし、世の中にはそれら以外にもさまざまな民間療法(医業類似行為)が存在します。 - なぜ「届け出をした者」だけができるのか?
この法律(あはき法)が整えられた際、すでにそれ以外の民間療法(整体、カイロプラクティックなど)を仕事にしていた人たちがいました。急に「今日から資格がない人は全員禁止!」としてしまうと、その人たちの生活が立ち行かなくなってしまいます。
そこで、以下の条件を満たす人に限り、例外的に営業を許可しました。
時期: 法律が公布された時点
実績: すでに3か月以上、その仕事を職業として行っていた
手続き: 期限内にしかるべき届け出を済ませた
これがいわゆる「届出施術者」と呼ばれる人たちです。
昭和22年にあはき法が制定された際、附則には驚くべき経過措置が記されていました。
法公布の際に3か月以上の営業実績があれば、届出さえ出せば「無資格のまま」営業を継続できるという特例です。
これにより、当時、公的に活動できる「無資格の」整体師やカイロプラクティック師、各種療法師が数多く存在することとなったのです。
- 「それ以外の人」はどうなるのか?
「届け出をしていない者」とは、以下の人たちを指します。
●法律ができた後に新しくその仕事を始めた人
●当時仕事をしていたが、届け出を忘れた人
これらの人たちが、あん摩・マッサージ・指圧・はり・きゅう・柔道整復以外の民間療法(整体、カイロプラクティックなど)を行う場合、この「12条の2」の保護対象にはなりません。
つまり、昔からずっと整体やカイロの仕事をやっていて、ちゃんと役所に届け出た人(=既得権を持っている人)以外は、本来その仕事をしてはいけません。
もし届け出をしていない人が勝手にやって、少しでも体に害を与えるような危ないことをしたら、法律で厳しく罰しますよ!
法律施行から3か月以内に都道府県知事に届け出ることができず、期限を過ぎたら「医学的観点から人体に危害を及ぼすおそれ」がある施術を無資格で行った場合には、即座に禁止や処罰の対象になるという厳しいルールが適用されます。
しかし、それ以前に、大きな矛盾が生じていました。
- 一方では: 国家資格がないと医業類似行為をしてはいけない(法1条)。
- もう一方では: 昔から整体・カイロなどの民間療法をやっている人なら、無資格でも届出だけでやっていい(附則)。
この矛盾が昭和35年の最高裁判決に大きく影響したのだろうと推測します。
もし「無資格者の施術=即、公衆衛生上危険」であるならば、昔からやっている人であっても無資格者に営業を許すことは、国が「国民を危険にさらすことを容認している」ことになってしまうからです。
2. 「届出者」の存在が証明したこと
もし、昭和22年あはき法公布時から、届出制度の猶予期間内に「自分は以前から〇△療法という民間療法を3か月以上業として行っています」と正しく届け出たのであれば、国家資格を持っていなくても、そのまま〇△療法を医療類似行為業として営業し続けることは法律上「OK」でした。
これが、「届け出をした者」の正体ですが、これでは、国家資格がないと医業類似行為をしてはいけない(法1条)に矛盾が生じてしまうわけです。
最高裁はこの矛盾を突き、以下のように考えたのだと推測できます。
「国が届出さえすれば無資格者にも営業を認めている以上、医業類似行為そのものが当然に有害であるとは、国自身も考えていないはずだ」
つまり、昭和22年の経過措置(届出制)の存在が、「無資格施術=直ちに有害・違法」というロジックを政府自ら崩してしまっていたのではないでしょうか?
HS療法の被告側も、この矛盾(法の下の平等や職業選択の自由)を突く議論を展開していました。
3. 最高裁が「危害の蓋然性」を基準にした理由
もし、昭和22年あはき法公布時における届出制度がなければ、最高裁はもっとシンプルに「無資格者は一律禁止」という判断を維持しやすかったかもしれません。
全ての裁判において有罪が確定し、刑に服せとなったのだろうと思います。
しかし、現に「届出をして営業している無資格者」が公的に存在している以上、判決の基準を「資格の有無」ではなく「実際に害があるかどうか」に置かざるを得なかったのだと思われるのです。
4. 判決の裏側にある「法の公平性」
もしHS療法を「無資格だから」という理由だけで有罪にすれば、それは「昭和22年以前からやっていた無資格者はOKで、それ以降に始めた無資格者はダメ」という、施術内容の安全性とは無関係な時期の差だけで刑罰を決めることになります。
最高裁はこれを避け、「届出の有無にかかわらず、また資格の有無にかかわらず、実害がないものを刑罰で禁ずることは、職業選択の自由(憲法22条)に反する」という普遍的な原理へと傾かざるをえなかったのだろうと想像できます。
しかし、この届出の意義としては、「新しい民間療法(資格外の医業類似行為)の誕生を認めない」という法律の建前で封じ込めが行われました。
法律ができたとき、国は以下のような姿勢をとりました。
- 過去からやっていた人: 届け出れば、一代限りの既得権として認める(届出施術者)。
- これから始める人: あはき師・柔道整復師の国家資格を取りなさい。それ以外の新しい療法で「治療」を始めることは認めない。
つまり、理屈の上では「新しい種類の民間療法師」はこの世に一人も増えないはずだったにも関わらず・・・。
5. 「禁止」と「関われない」のグレーゾーン
しかし、現実にはその後、カイロプラクティック、整体、リフレクソロジー、リラクゼーションなど、無数の「民間療法」が新しく誕生しました。
なぜこれが可能だったのでしょうか?
ここで、前回の記事の「昭和35年の最高裁判決(厚生省通知)」と昭和45年6月24日の通達(医第三七四号)が効いてきます。
「人体に危害を及ぼすおそれ」がなければ、禁止処罰できない
国家資格の理論とは別個の目的を持つ手技であれば、直ちに法律違反(あはき法12条違反)にはならない
HS療法のような個別療法単体なら、人体における危険性については裁くことができる可能性が出てくる。
しかし、あはき柔道整復以外の医業類似行為全般になると、昭和22年に都道府県に届出をした(公的な)多種類の無資格医業類似行為施術者の存在もある。
だから、法律の定めるところ以外の医業類似行為業という風に、一括りにカテゴライズされてしまうと、ひっくるめて裁くことはできない。
まあ、それはそうでしょうね。そういうふうに考える方が真っ当といいますか、公正という感じがしますね。
この昭和35年の最高裁判決と、その後の通達によって、「治療(医業)」とは言えないまでも、リラックスや健康増進を目的とした行為で、かつ「危険がない」ものであれば、国家資格がなくても事実上お咎めなしという巨大なグレーゾーンが生まれたということは前回の記事どおりです。
6. 生まれた「二重構造」の空気感
その結果、業界には以下のような独特の空気が育ってきたのだと思われます。
| 分類 | 根拠・立ち位置 | 実際の空気感 |
| 国家資格保持者 | 法律で守られた「医療」の一翼。 | 「自分たちこそが正当な施術者である」という自負と、無資格者への厳しい視線。 |
| 届出施術者 | 法律の移行期に認められた「既得権」。 | 絶滅危惧種のような存在(現在は非常に高齢の方がわずかに残るのみ)。 |
| 新規民間療法者 | 法律上は「医業類似行為」ですらない「サービス業」。 | 「治療」や「治る」と言ってはいけない。あくまで「癒やし」や「リフレッシュ」として振る舞う。 |
(結論)取り扱えないのではなく「言葉を選んでいる」
治療を目的とした施術は「国家資格なしでは取り扱えない」という雰囲気は確かにあります。
しかし正確には、「国家資格なしでは《医療》や《治療》という看板を掲げて取り扱ってはいけない」という、言葉の使い分けのルールが定着したといえます。
現在、多くの整体師や民間療法者が「治療院」ではなく「サロン」や「スタジオ」と名乗ったり、「完治」ではなく「リフレッシュやサポート」という言葉を選んだりしているのは、最高裁が示した「公共の福祉に反しない限り、国民の職業選択の自由は尊重されるべきである」という憲法の精神を具現化した結果といえるのではないでしょうか。
決して、一部の国家資格者がポジショントークとして声高に叫ぶような、「法律がザルで野放しにされているだけ」「罰則が緩いから見逃されているに過ぎない」といった後ろ暗い理由で存在しているわけではありません。そうではなく、個人のなりわいを守り、人々の健康維持に寄与する道を選択し続けてきた、法理に基づく適正な歩みの結果なのです。
その自然な流れを決定づけるかのように、経済産業省が推進する「ヘルスケア産業基盤高度化推進事業」の報告書などでも、公的保険外のヘルスケアサービスとして「リラクゼーション」や「エステ」といった民間産業の役割が明記されるようになっています。
そこには、無資格手技への法的な排除命令などは含まれておらず、あくまで「国民の健康維持・増進(ウェルネス)」を民間の活力で支えるシステムとして位置づけられています。
かつては単なる「慰安」の範疇に留め置かれていたはずのリラクゼーションという存在が、今や「ヘルスケア(健康維持・増進)」という、豊かなライフスタイルを包括する産業の重要な一翼として、既存の医療資格制度とは“異なる枠組み”で公に認識されている。そう解釈しても、決して不自然ではない時代が到来しています。
「リラクゼーションがヘルスケアの一角を担う」という現状は、決して偶然ではなく、日本が憲法の下で守り続けてきた職業選択の自由と、変わりゆく国民のニーズが結びついた「必然の結果」であると言えます。これは、従来のグレーゾーンという消極的な容認から、リラクゼーションが「健康な毎日を支える公的保険外の正当なサービス産業」として、確固たる市民権を得たという前進を示しているのではないでしょうか。
だからこそ、私たちは「治療」という言葉を使わずとも、プロとしての誇りを持って次のようなビジョンを掲げることができるのです。
――私たちは、単なる一時的な癒やしに留まらず、お客様が本来持っているスムーズな動きやすさを目指します。お身体のバランスの連鎖を丁寧に確認し、快適な連動性をサポートすることで、『もう無理だ』と諦めていたスポーツや趣味への復帰を応援します。大好きだったテニスやゴルフを再び楽しむための、しなやかなお身体のコンディションを整えること。それが私たちの提供するウェルネスの本質です。――
これらの価値を、医療の枠組みに頼ることなく、産業としての「ウェルネス」の枠内で正々堂々と提供できる。その事実にこそ、私はこの仕事の無限の可能性と魅力を感じています。
医療の限界を産業が補完し、人々が自発的に生を謳歌する時代へ。
「治療」という狭い枠組みを超えて、人々が本来求めていた「健やかに動ける喜び」は、今や成長を続ける「ウェルネス」という名の巨大な受け皿へと、美しくシフトしているのです。

