健康を「維持し、育む」時代へ
先日、お客様からこんなことを言われました。
「先生のところって、なんだか塾みたいですね」
長くこの仕事をしてきましたが、その表現を聞いたのは初めてでした。
しかし、よく考えてみると、その言葉は今の時代の健康観を非常によく表しているようにも思えます。
昔、塾には二つの役割がありました。ひとつは学校の授業についていくための補習。もうひとつは、より高い目標を目指すための特別な訓練の場です。
現在の健康への意識も、それに近い構造になりつつあるのではないでしょうか。
体調を崩したら病院へ行く。それ自体はもちろん大切です。
しかし、日頃からの身体の土台が整っていなければ、本来持っている健やかさは十分に発揮されません。
健康維持ひとつとっても同じです。日頃から元気に過ごしている人とそうでない人とでは、日々の快適さが違います。
結局のところ、不調を感じてから対処するだけでなく、毎日の健康を維持できる身体を育むことが重要になります。そのために日頃から身体をケアし、健やかな力を蓄えていく。
そんな考え方が広がっているように感じます。
人はマニュアルではなく「手」応えのあるケアを求めている
現代医療は高度に発達しました。検査機器も技術も昔とは比較になりません。
その一方で、多くの人がどこか物足りなさを感じているのも事実です。
対応時間は短くなり、データを中心に話が進み、じっくりと身体に触れられることも少なくなりました。
もちろん、それは医療の質が低下したという話ではありません。限られた時間の中で、多くの人に対応するための合理化の結果です。
しかし人間は合理性だけでは満足しません。
・身体に優しく触れてもらうこと
・状態を丁寧に見てもらうこと
・話を聞いてもらうこと
そうした「手当て」のような温かいケアの感覚を求めています。
最近では東洋の知恵やライフスタイルの見直しにも同じ傾向が見られます。
単に何かを受け取るだけではなく、自分の体質や生活習慣まで含めて相談したい。
そのため病院だけでなく、民間の専門サロンを利用する人も増えています。そこに共通するのは、「親身」「丁寧なケア」「自然体」という価値です。
人は状態だけではなく、自分自身を見てもらいたいのです。
なぜ民間の専門家が選ばれるようになったのか
興味深いことに、人の人生を大きく変えた存在として語られる人物は、公的機関の専門職だけとは限りません。
・塾の先生
・ボディケアの専門家
・カウンセラー
そうした民間の専門家が人生の転機になったという話は少なくありません。
私自身もその一人です。
中学生の頃、学校では相性の良くない先生との関係で学業への意欲を失いかけていました。
そんなとき救ってくれたのは学校ではなく塾の先生でした。
中学3年の夏休み、私の成績表は「2」と「3」が並び、中堅都立高校を受験するにも内申点が足りない状態でした。
それでも塾の先生は見放さず、「まだ大丈夫だ」と励まし続けてくれました。その結果、私は偏差値65の都心の進学校に合格することができました。
しかし、その後も順風満帆だったわけではありません。高校時代はすっかり遊びほうけ、気がつけば偏差値は29まで下がっていました。
そんな状況から再び立て直し、名の知れた大学への合格まで導いてくれたのも、実は中学時代にお世話になった同じ塾の恩師でした。
大学進学後は特に交流が続いたわけではありません。相談をした時間も、10分程度の、学校の進路相談よりも少ない、振り返ればほんのわずかなものです。
それでも今になって思うのです。
あの恩師と関わった時間は、中学・高校の6年以上という歳月にも匹敵する、あるいはそれ以上の価値を持っていたのではないかと。
人生の方向性を決める出会いとは、必ずしも長い時間を共有することではありません。ほんの短い時間でも、その人の言葉や姿勢が人生を大きく変えてしまうことがあるのです。
親身になって向き合ってくれる大人が一人いるだけで、人は大きく変わることがあります。
健康の世界でも同じです。マニュアルに沿って対応されるのと、自分の状態を理解しようとしてもらえるのとでは受け取る印象がまったく違います。
そして、その信頼関係の中で初めて人は継続的な行動を起こせるようになります。
健康的な毎日は、一度のケアや一度の助言で変わるものではありません。長い時間をかけて積み上げていくものだからです。
私が目指しているのは「健康の塾」かもしれない
お店でのケアを受けることで身体がすっきりする。
・心地よさを感じる
・立ちやすいような気がする
・動きやすく感じる
その快適さを知ることで、人は自分でも身体をケアしたくなります。
・ヨガを始めたり
・歩く習慣を作ったり
・睡眠を大切にしたり
ケアの本当の価値は、その心地よさを身体に思い出させることにあります。
健やかな状態とはどんな感覚なのか。自分の身体は本来どのように動くのが自然なのか。その基準を身体で覚えることです。
だから私の仕事は、身体を一時的にリフレッシュすることだけではありません。
お客様自身が健やかな人生を歩いていくための感覚を育てることでもあります。
考えてみれば、それは昔の塾とよく似ています。
学校の授業を補うためではなく、もっと高い目標へ進むために通う場所。
私のところへ長く通われている世代のお客様が、「まるで塾みたいだ」と表現してくださったのも、その感覚を感じ取ってくださったからなのかもしれません。
丁寧なケア・親身・自然体は、これからも価値を失わない
今、若い世代の間でも、従来の権威や肩書だけでは人を選ばなくなっています。
資格があるから信頼する。有名だから信頼する。そういう時代ではなくなりました。
一人ひとりが、自分にとって本当に価値があるものを見極めようとしています。
その中で求められているのは、意外にも昔から変わらないものです。
・親身であること
・手をかけること
・自然体であること
・相手のために時間を使うこと
これらは効率化とは相性が良くありません。
だからこそ価値があります。
お客様からいただいた「塾みたいですね」という言葉は、単なる感想ではなく、これからの健康づくりの方向性を表している言葉だったのかもしれません。
