プレイズエッセイ―第3話
判例と通達から読み解く「無資格セラピスト」の生存戦略
① 「違法」と「違反」の狭間で
整体やリラクゼーション業界に身を置いていると、切っても切り離せないのが「資格」の問題です。周知の通り、整体などの民間療法には国家資格がありません。そのため、広告表現などは法に抵触しない限りにおいて、かなり自由度が高いのが現状です。
しかし、この現状について、実は国家資格保持者の方々でさえ正しく理解していないことが多々あります。よく耳にする「無資格整体やリラクゼーションは違法だ」という言葉。
実は「違法」と「違反」は、似て非なるものです。
かつて最高裁判所は、あはき法(あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律)が適用されない無資格の医業類似行為について、「人体に危害を及ぼすおそれがない限り、禁止の対象にはならない」という判断を下しました。
つまり、私たちが提供する施術は、単に国から「罰則がないから見逃されている」という消極的な存在ではありません。
少なくとも行政上、そして司法の判断において、「有害でない限りは職業選択の自由(憲法22条)として認められる」という立場が確立されているのです。
一部の国家資格保持者が「違法」という強い言葉を使うのは、あくまで自らの職域を守るためのポジショニング・トークに過ぎません。
国家資格を持たないセラピストの存在は、野放しにされているのではなく、過去の判例や省庁からの通達という明確な根拠に基づいた、行政の生存圏の中に位置しているのです。
② 昭和35年判決の「光と影」:HS式無熱高周波療法事件
この議論の根幹にあるのが、昭和35年1月27日の最高裁判決です。


ここで「人の健康に害を及ぼすおそれがない限り、職業選択の自由として認められる」という大原則が示されました。これだけを見れば、無資格者の完全勝利のように思えます。
しかし、物語には続きがあります。
実は、この判決は一度「高裁」へと差し戻されています。
差し戻された仙台高裁(昭和38年7月22日判決)では、被告人の施術内容であった「HS式無熱高周波療法」が精査され、「これには人の健康に害を及ぼすおそれがある」と断じられました。

結果、最終的な昭和39年の最高裁判決でもHS式無熱高周波療法とその施術者の有罪が確定しました。
裁判の判決がHS式無熱高周波療法とその施術者に限ってますから、これら一連の裁判から導き出される真実は、「整体は無罪になった」という解釈は半分正解で、半分は間違いだということです。
正しくは、「医学的根拠が乏しく、少しでも危険性や健康被害の恐れがあるものは、無免許であれば当然に処罰される」。これこそが判決の真意だと思われるのです。
一部の無資格団体は「整体は医業類似行為ではないから自由だ」と主張しますが、これは些か無理があります。
身体に変化を与え、不調を整える行為である以上、リフレクソロジーであれアロマであれ、法的には広義の「医業類似行為」に含まれると考えるのが自然です。
また、判決文には「適切な医療にかかる機会を失わせること自体が公共の福祉に反する」という趣旨の一文もあります。
「怪我をさせなければいい」という消極的な理由だけでは、私たちの安全性を証明したことにはならないのです。
③ カイロプラクティックが開けた「パンドラの箱」
司法が示した「あいまいな境界線」を、さらに決定的なものにしたのが行政の動きです。
昭和45年6月24日の通達(医第三七四号)は、日本の手技療法史における最大の転換点だと私は思いました。
厚生労働省―昭和45年6月24日付医第374号「法令適用上の疑義について」の文章中に、
『カイロプラクチック療法は、脊椎の調整を目的とする点において、 あん摩、マッサージ又は指圧と区別され、したがって、あん摩、マッサージ又は指圧に含まれないものと解する。』
という記述があります。
この厚生労働省の通達により、国は「カイロプラクティックは脊椎の調整を目的とするものであり、あんま・指圧等とは区別される」と認めざるを得なくなったでしょう。
これこそが、あはき法という包囲網に「穴」が開いた瞬間です。
この通達がもたらした影響は、以下の3つの視点から整理できます。
- 「あはき法」包囲網の突破 それまでの「身体に触れる施術はすべて国家資格の範疇」という硬直したスタンスが崩れ、「国家資格の理論とは別個の目的を持つ手技であれば、直ちに法律違反(あはき法12条違反)にはならない」という論理的な生存圏が公式に誕生しました。その影響は、平成3年6月28日付医事第58号1-『医業類似行為に対する扱いについて』にも表れています。この通達内(2)の表題が「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師及び柔道整復師以外の医業類似行為について」となっている点に注目してください。国家資格の名称を具体的に列挙した上で、それら「以外」の存在をタイトルに冠していることこそ、国が国家資格以外の医業類似行為を「公に存在する業」として認め、行政の管理対象としている何よりの証拠なのです。
- 他の民間療法への波及効果 「日本においては医療的根拠が乏しいカイロが別物なら、私の整体も別物である」という理論武装が可能になりました。行政側も、多種多様な手技の一つひとつを「医療的根拠があるかないか」「マッサージか、否か」と精査することが事実上不可能になった。
- 「判決」と「通達」の化学反応 「害がなければ禁止できない(昭和35年判決)」という司法の盾と、「あはき法とは別物である(昭和45年通達)」という行政の矛。この二つが組み合わさることで、巨大なグレーゾーンが完成しました。
これにより、平成3年には厚生省から「カイロプラクティックに関して法的な有効性は確認できないが、以下のルールを厳守せよ」という、実質的な営業継続を前提とした行政指導が出るに至ったのです。
- ガンや難病、進行性の疾患(ヘルニア等)を扱わない
- 頚椎を急激にひねる危険な施術の禁止
- 改善が見られない場合は速やかに医療機関へ促す
- 誇大広告の禁止
これは国が安全を保障したのではなく、「法的な身分が確立されていないからこそ、最大限の安全配慮義務を施術者に課した」ものなのです。
④ あいまいさの中にある「誇り」と「責任」
最高裁まで行った事案が、再び高裁に差し戻されるという「異例中の異例」のプロセス。
これは、日本の法体系が「職業選択の自由」と「国民の安全」の板挟みになり、苦悩した歴史の跡そのものです。
この「あいまいさ」は、私たち施術者にとって、法に守られていないという不安の種かもしれません。しかし同時に、それは「自らの研鑽によって安全と信頼を証明し続ける責任」でもあります。
法律は「最低限のルール」しか決めていません。だからこそ、私たちには国が決めた基準以上の「プロとしての自主的な高い基準」が求められます。
現在、私が骨格矯正の現場に立ち続けていられるのは、決して法的に「完全に白」だからではありません。昭和30年代から続く先達たちの裁判の歴史と、その結果生まれたグレーゾーンの中で、個々の施術者の良心に委ねられているに過ぎないのです。
お客様から「国家資格ではないのですか?」と問われたとき、私は曖昧にごまかしません。
この複雑で重い法的背景を正しく伝え、その上で、国家資格という枠組みを超えた安全と誠実を提供すること。
それが、この「あいまいな世界」でプロとして生きる、私の唯一の証明だと信じています。
