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滋味美動<第1話>

一万年の平穏を支えた“自然の食” ── 私たちの身体に流れる強さと再生力

筋骨格の健康を追い求めていく中で、身体の機能や構造を支え、体力そのものに直結する食材の研究は欠かすことができません。しかし、世間で「健康によい」と言われる食材であっても、それがそのまま日本人の体質に適しているとは限らない——その疑問が、私の探求の大きな起点になりました。

きっかけは、お客様のすっきりしないお腹の悩みに寄り添いたいと思ったときのことです。腸活ブームで多くの情報が飛び交う中、「乳酸菌を取り入れる手段として、なぜ日本人にはヨーグルトよりもぬか漬けが合うのだろう?」という素朴な疑問が芽生えました。そこから「日本人は古来、どんな食材を日常的に食べてきたのだろう?」と、食のルーツをさかのぼり始めたのです。

その調査の中で出会ったのが、古くから身近に自生してきた山菜や野草でした。

さらに学びを進めるうちに、私たちが何気なく言葉にしている“漢方”が、実は中国医学を基盤としつつも日本の風土と生活に合わせて独自に発展した、日本生まれの知恵であることを改めて知ることになります。

漢方養生の世界では、実に多種多様な野草や伝統的な植物が扱われます。そこで私は専門のスクールに通い、2年間にわたりあらゆる食材の特性を徹底的に学びました。

基礎理論を固め、応用として薬膳の理解を深め、実践へと踏み出した先にあったのが、本格的な現地調査。そしてそれが、美濃薬膳との出会いへと自然につながっていきます。

「日本料理 康」の薬膳と地産地消をテーマに構成した日本料理

「美濃薬膳」とは、自然豊かな美濃(岐阜県)で、大学の指導のもとに生まれた料理。医食同源・身土不二の思想を軸に、地元の食材と豊かな植物が組み合わされ、自然のちからを活かしつつも美味しさを損なわないよう工夫された特別な食文化です。

岐阜商工会議所内の薬膳レストラン
薬膳カレーランチ

では、食材があふれる今の時代に、なぜあえて“野草”なのか?その理由は、日本人の古い食性の奥深くに、すでに野草が息づいていたのではないか——そう直感したからなのです。

万葉集には「春野のうはぎ摘みて煮らしも」という一節があるように、春になれば野に出て草を摘み、それをいただくという風習は、実は古代から続く季節の行事でした。ただ、当時のそれは生きるための手段というより、どちらかと言えば“春を楽しむ風流な遊び”という色合いが濃かったようです。

それが時代を経て江戸期に入ると、野草はより現実的で生活に根ざした“日々の食”としての役割を担うようになっていきます。

現在では「野草」として扱われる、たんぽぽ・よめな・よよぎ・はこべ・なづな・せり・つくし・すべりひゆ・あかざなども、当時の人びとにとってはごく普通の食材で、日常的に親しまれていました。そして何といっても驚くのは、これらは当時“野菜”と呼ばれていたということです。私たちの感覚だと、どうしてもピンときませんよね。

現代で「野菜」と聞けば、キャベツやたまねぎ、トマト、ホウレン草など、栽培されたものが思い浮かびます。栽培野菜を見慣れている私たちからすれば、「よもぎやたんぽぽが常食?」「はこべ?すべりひゆ…?」と、不思議に思うのも当然です。

しかし実のところ、栽培野菜よりも山野に自生する植物をいただくという行為は、近代までの日本では非常に合理的でした。というのも、畑で育てる作物は災害にめっぽう弱いのです。大雨や洪水があれば畑は流され、平地に水を引くための用水路を整える苦労は古代から続く難題で、少しの干ばつでも作物はあっという間に枯れてしまいます。

一方で、野山に自生する野草は、多少の災害があっても翌年には必ず、まるで何事もなかったかのように青々と芽吹いてきます。その強さと再生力が、安定した恵みを保証してくれたのです。だからこそ古来、日本では根菜類や果物の多くを栽培に頼りながらも、葉や茎を食べる菜類は、自然に育つ野生植物に大きく依存してきました。

つまり、野草こそが人々の食卓と命を支える、かけがえのない栄養源だったわけです。

飛騨牛の薬膳ハンバーグランチ

実際、日本で唯一、古くから貴重な植物の流通で知られていた伊吹山の麓にある、春日一帯の森の文化と歴史を調べてみると、その地域の人々は、野草だけでなく様々な植物を普段の食事や入浴のひとときに取り入れ、生活の中に自然と溶け込ませていたことがわかります。

春日森の文化博物館より

これらは広く普及し、まさに“食と慈しみの文化”として根づいていました。

そして、この野草文化を背景に日本列島そのものに目を向けてみると、あることに気づきます。

国土交通省の資料によれば約7割が山地で、広い平野がほとんど存在しないこの国は、外から見れば「耕作地の少ない土地」に映っていたかもしれません。けれど、そうした地形こそが実は、日本の食と暮らしを陰で支えてきたのではないか、と感じるのです。

資料によれば、日本は森林が約66%、農業利用地は約17%という割合となっています。広大な畑を持てなくても、山や森があれば、そこには野草があり、木の実があり、山菜が豊かに自生する。実際には、山と森が絶え間なく食を供給し続けてくれる——そんな見方もできます。

食べ物が十分にあれば争いは起こらない、と昔から言われます。そう考えると、縄文文明が一万年もの間、ほとんど争いらしい争いをせず存続できたのも、山と森の恵みを持続的に享受できたからこそではないのか。私は、この考え方にとても強い納得を覚えました。

日本の豊かさは、必ずしも広い畑や大量生産がもたらしたものではない。むしろ、山と森が育んできた“自然の食”が、私たちの命と暮らしを静かに支え続けてきた——そう思えてならないのです。

今回の美濃訪問では、岐阜・長良川温泉が新たな地域資源として注目している「美濃薬膳ビュッフェ」を提供する岐阜グランドホテルの朝食を体験し、さらに野草の産地として名高い春日(かすが)地域で薬膳の研修を行いました。

岐阜グランドホテルのビュッフェでは、野草を使った料理は数こそ多くないものの、「野草中心」ではなく“季節の養生”を軸に自分で食を組み立てられる構成になっており、まさに今後の薬膳の形を考えるうえでの手本とも言える内容でした。

一方、春日の〈かすがもりもり村レストラン なごみの森〉では、フランス料理の技法を巧みに取り入れ、野草特有の苦味や渋みといった“扱いの難しさ”をどう和の薬膳御膳に昇華しているのか——その味わいと技術を、舌と身体で体験しながら学ぶことができました。

薬膳御膳です。いたって普通の食事に見えます。しかし、野菜類に野草が使われたり、出汁やソースに含まれていたり。お味噌汁の野草出汁と赤だしでしたが、魚類の出汁が入っていない赤だしがこんなに美味しいとは!

野草という、一見すると素朴で地味な食材の中にこそ、未来の健康と美の可能性が眠っている——そんな確信へとつながる旅となりました。

「滋味美動(じみびどう)」とは、美しい所作を完成させるための、命あるおいしい食を意味する私の造語です。約25年の療術経験から、健康寿命を延ばし、美しく洗練された姿勢や動作を長く維持するには、内側からの確かな健康の土台が不可欠であると痛感してきました。

真の健美とは、体のリズムに沿った生活や内側の調和、筋肉や関節の健やかな働きといった、全身の健康がもたらすナチュラルな輝きです。その基礎をつくるのが日々の食事。滋味に満ちた食が体に本来の活力を与え、全身を整え、やがて内側からにじみ出るような美しい姿勢や品のある動きへと変えていきます。