今から3年後には人間の脳をはるかに超えたAI(AGI)が完成して本格稼働となり、5年後には医療における手術も人型ロボットの方が優秀になる。
さらには、現存する人間以上の能力や判断力といった総合力を持つ人型ロボットが量産され、3年後には10万台、10年後には「働く代わり」はロボットになり、人間はもはや稼ぐために働くことがなくなる――そんな説が、これから世の中に広まっていくのかもしれない。
そりゃ、頭の中で想像すれば、そんな未来のイメージは簡単につきやすい。何しろ、私たちはもう30年以上も前から、『ブレードランナー』や『ターミネーター』、『ロボコップ』のような未来を描いた映画を見続けてきたのだから、「人間の代わりにロボットが働く」という光景は、実際に経験したことがなくても、頭の中にパッと浮かんでしまうのだろう。
しかし、少し冷静になってみると、本当にそんな未来になるのだろうか。
現在の社会を一つひとつ見回してみると、むしろ「人型ロボットが入る余地は、それほど多くないのではないか」とも思えてくる。
今の時点で人型ロボットが働く場所はある?
例えば、大手企業の工場を見ればいい。工場内はすでにかなりの部分がオートメーション化されていて、人間がラインに立って手や体を動かし続けているような光景は、昔ほど多くない。
多くないどころか、少なくとも日本の工場はかなりの数、無人化に近いという感想があります。
工場のメンテナンスにおいても、例えば場内の掃除だって、大型の自動清掃機械がやっているありさまだ。そう考えると、そんな工場に人型ロボットが入る隙間は、いったいどこにあるのだろう。
では、オフィスワークはどうだろう。
統計や分析、経理、税務、マーケティング、ライティングなどは、すでにAIアプリ一つでできるようになってきた。プリンターから出てくる資料まで含めて、エクセル、ワード、パワポによる事務作業は、かなりの部分まで自動化できる。
イラストレーター、アプリ開発、ホームページ作成、データ入力、プログラミング、翻訳、コールセンター業務なども、今ではパソコンレベルに搭載されているAIアプリがかなりの仕事をこなせるようになっている。
そうなると、わざわざ人型ロボットがイスに座り、パソコンの前でデスクワークをする姿が、これからのオフィスに必要なのだろうか。オフィスワークについては、将来的にはかなりの部分が無人化される可能性がある。
物販だって、コンビニを見てみればいい。すでにセルフレジなど、人間がいなくても買い物が成立する仕組みが増えている。そんな店に、わざわざ人型ロボットを配置する必要があるだろうか。
交通機関も同じだ。「ゆりかもめ」を見れば、すでに無人運転が行われている。高崎市では2019年時点で市バスの無人走行実験が行われているし、新東名高速道路でもトラックの無人走行に関する実験が進められてきた。
つまり、工場も、オフィスも、店舗も、交通も、物流も、それぞれの分野ですでに「人間の代わりに機械を使う」という方向へ進み、完成に近い形になっている。そう考えると、何でもかんでも人型ロボットに置き換える必要はない。
医師の仕事についても、将来的にAGIの影響を大きく受ける可能性はあるだろう。診察や診断の多くが、膨大なデータとマニュアルに基づいて行われるのであれば、これはAIが得意とする領域だからだ。
では、あなたは、わざわざクリニックまで行って、ロボット先生に診てもらいたいだろうか。たぶん、そんな必要はないのではないだろうか。
家でスマホの医者アプリを開き、マイクに向かって症状を話し、カメラで身体の状態を確認してもらえば、その場で診断が出る――そんな形になっているのではないだろうか。
薬剤師についても、もし一台の高度な機械が薬の調合を正確に行えるようになれば、多くの調合作業は機械に置き換わり、薬剤師の仕事そのものが飽和する可能性も考えられる。
では、現実的に人型ロボットが必要になりそうなのは、どこなのか。
イメージしやすいのは、やはりサービス業だろう。日本の雇用の中でも大きな割合を占める看護や介護は、現在でも人手不足が深刻な分野である。
理学療法士などもそうだろう。
人間の身体に直接触れたり、人間の生活を支えたりする仕事なら、工場の機械やパソコンのAIだけでは代替しにくい。
だからこそ、ここに人型ロボットが入ってくる可能性はある。
企業の裏に隠された「もう一つの資本主義」の罠
資本主義において、人件費は常に最大の悩み種だった。
それなら、人よりも頭のいい人型ロボットに置き換えることで、資本主義の永遠の問題から解放されよう――企業が必死で開発し、流通させたいと願う理由はそこにあるように見える。
しかし、本当に労働者をロボットに置き換えるだけで人件費から解放され、企業収益は上がるのだろうか。結論から言えば、それは「否」である。
日本の全企業のうち大企業の割合はわずか0.3%(約1万社)であり、残りの99.7%(約336万社)は中小企業・小規模事業者である。
さらに、正規・非正規合わせて5,000人以上を抱え、十分な資金力を持つ企業にいたっては、日本全国にわずか「約450社」しか存在しない。
この莫大な初期投資、維持費、専用インフラが必要という前提に立ったとき、従業員5,000人以上の企業であっても、会社内でロボットが働くための職場を「完璧に整備(完全ロボット化)」できる企業は、多く見積もっても「1割〜2割程度(約45社〜90社)」しかないでしょう。
なぜ、資金力のある巨大企業450社であっても、完璧な整備ができる企業がこれほど限られるのか。その理由は、450社の「業種(ビジネスモデル)」の内訳と、ロボット導入に求められる環境のミッションにあります。
- 1. 完璧に整備できるのは「閉じた環境」を持つ企業(約10〜20%)
450社のうち、真っ先に、そして完璧にAIロボット専用インフラ(ワイヤレス給電、超高速通信、ロボット専用動線)を整備できるのは、環境を100%自社でコントロールできる企業です。- 自動化される現場: 先進的な製造業(自動車・電機大手)のスマート工場、巨大な物流メガ倉庫(大手陸運の拠点)、金融大手のデータセンターなど。
- なぜ可能か: 「人間が入らない(または動線が完全に分かれている)空間」を作れるため、熱対策の大型空調、高出力の給電設備、24時間稼働のシステムを自社敷地内に完璧に構築できるからです。
- 2. 残りの8割以上の巨大企業が「完璧な整備」に挫折する理由
従業員5,000人以上の企業であっても、その大半は不特定多数の人間(顧客)や自社でコントロールできない外部環境と接するビジネスを行っています。- 小売・外食・サービス業(大型モール、スーパーマーケット、大手飲食など): 店舗には一般の顧客(子供から高齢者まで)が歩いています。ロボット専用の強力な電波給電システムを店内に張り巡らせることは、電波法や人間の健康への配慮(ペースメーカーへの影響など)から不可能です。店舗ごとに数千万円〜数億円の電力・通信設備を数千店舗分リフォームするコストは、いくら大企業でも利益を吹き飛ばします。
- 建設・インフラ・対人サービス業: 建設現場は毎日地形や状況が変わり、屋外です。雨風、泥、猛暑といった過酷な環境は、精密機器であるロボットの熱暴走や故障リスクを跳ね上げます。現場ごとに完璧な給電・冷却インフラを敷くことは不可能です。
💡 結論: 従業員5,000人以上の企業であっても、もし大半が完璧な設備投資をできないのだとすれば、ほぼ日本の会社・事業者全体は、結局「人を雇う方が安い」という現実に戻るのではないでしょうか?
また、AGI人型ロボットの導入は、単に「本体を買う」だけでは終わりません。
- インフラ整備費(専用給電、排熱システム、5G/6G通信)
- 欧米製ロボットの罠(3〜4年での買い替え、高額な修理代・部品代)
- 継続的なサブスク・保険料(OS更新、データ管理、サイバーセキュリティ保険)
これらを総合的に計算すると、年間数兆円の利益を出す超巨大企業(450社のうちの上位数社)以外は、ロボットの維持費・減価償却費 > 人間の人件費という逆転現象が起きるのではないでしょうか?
資本主義の勝者(投資家やプラットフォーマー)は、人件費から企業を解放するフリをして、今度は「電力・サブスク・メンテナンス」という、解約できない究極の固定費(エネルギーとテクノロジーの奴隷契約)を企業に背負わせようとしている、というのがこの革命の裏の顔と言えます。
結果として、450社のうちの8割以上、そして99.7%の中小企業は、完璧な設備投資などできず、使い勝手がよく、初期投資がかからず、熱暴走もしない「人間(労働者)」を、状況に応じて雇い続ける(あるいはロボットと人間のハイブリッドでお茶を濁す)ことになると考えられます。
人型ロボットが街を歩き回る社会?
しかし、ここでもう一つ、私がどうしても気になってしまうことがある。
それは、そもそも人型ロボットが、人間と同じ生活空間の中を自由に歩き回る社会を、本当に作れるのだろうかという問題だ。
病院にしても、飛行機にしても、街中にしても、そこには子供から高齢者まで、さまざまな人間が歩いている。
そんな場所で、人型ロボットが何時間も休むことなく働き続けるためには、ロボット本体だけを置けばいいという話にはならないだろう。
長時間稼働させるための電力供給システムが必要になり、通信を安定させるための通信インフラも必要になる。場合によっては、建物そのものをロボットが働くことを前提に作り替えなければならないかもしれない。
例えば病院なら、たくさんの医療機器を利用する患者や医師、看護師が普通に行き交う場所を、ロボットが長時間動き回る空間に変えることになる。
街中なら、買い物をする人、自転車に乗る人、子供、高齢者、酸素吸入器やペースメーカーをつけている人、車椅子の人など、動き方の予測できない人間とロボットが同じ空間を共有することになる。
飛行機など、そもそも機器の使用にさまざまな制約が設けられている場所もある。
ただでさえ飛行機の中では、機器への影響を避けるためにスマートフォンの電源や通信について細かなルールが設けられている。それなのに、その空間をロボットが長時間働くための通信環境に作り替えるとなれば、今までとはまったく違う発想が必要になるだろう。
もちろん、将来どのような通信技術や電力供給技術が登場するのかはわからない。
ただ、少なくとも私たちが今イメージしているような「ロボットが街中を自由に歩き回り、人間と同じように24時間働く社会」を実現するには、ロボット本体だけではなく、その周囲の生活環境そのものを変えていかなければならないのではないだろうか。
そして、そこには別の問題も出てくる。
ロボットのために強力な通信設備や電力設備が街中や建物の中に増えていけば、当然ながら、「そんな環境の中で暮らしたいのか」と感じる人も出てくるだろう。
実際に健康被害が起きるのかどうかは、ここではわからない。
しかし、「電磁波や通信設備がそこらじゅうに存在する社会になる」というイメージだけでも、そうした環境を好まない人が出てくることは十分に想像できる。
また、いたるところに極端に強い電磁波や磁力が発生する場所があれば、ペースメーカーをつけている人は容易に暮らせない可能性が出てくる。
では、日本の農業はどうだろう。
農地をロボットに任せるとしても、ロボットが何時間も働くためには、結局どこかから電力を供給しなければならない。
農地の近くに充電設備を設置するのか、専用の建物を作るのか、地下や地上に電線を引くのか、それともまったく別の方式になるのかはわからないが、少なくとも「ロボットを買えば、それだけですぐに農作業が自動化される」という単純な話ではない。
日本のように、住宅、道路、農地、山林、商業施設が複雑に入り組んだ国で、あらゆる場所にロボットが働くためのインフラを整備するとなれば、それだけでも莫大な費用が必要になるだろう。
そう考えると、建物ごとに数千万円から数億円規模の電力・通信設備を整備し、それを何千店舗、何千施設にも広げていくような社会が、本当に経済合理性を持つのかという疑問が出てくる。
しかも、ロボットは一度購入すれば永遠に働いてくれる機械ではない。
サブスクリプションによる継続的な費用が発生し、OSやデータの更新も必要になるだろう。故障すれば修理が必要になり、部品代もかかる。機械や蓄電池は使用するほど消耗し、一定期間が経てば交換や買い替えも必要になる。
そうなると、企業側から見れば、
「これだけの設備を整え、ロボットを購入し、通信費や電気代を払い、修理費や部品代まで負担するくらいなら、人間を雇ったほうが安いのではないか」
という判断が出てきても不思議ではない。
特に日本では、月単位の収入ベースで見れば労働賃金がかなり低い仕事も存在するし、業務委託という形で比較的安い契約料金で人に仕事を任せる仕組みもすでに存在している。
そう考えると、ロボットが人間より圧倒的に安く働けるようになるまでには、かなり高いハードルがあるようにも思える。
つまり、ロボット社会になるためには、「ロボットが人間より賢い」というだけでは足りない。
ロボットが人間より安く、長く、壊れず、過酷な環境でも働けて、しかもそのためのインフラまで含めて経済的に成立しなければならない。
ここまで考えると、少なくとも日本においては、「すべての仕事が人型ロボットに置き換わる」という未来は、それほど単純ではないように思えてくる。
ロボットが人間を自由にするとは限らない
もし、これまで語られてきたように、本当にロボットが人間の代わりに働く社会がやってきたとしたら、人間は、いったい何によって生活費を得るのだろうか。
自分自身の労働によって稼ぐことができなくなるのであれば、もちろん、人間にしかできない仕事をするという方法は残る。
AIにはできない仕事、ロボットにはできない仕事、人間だからこそ生み出せる仕事は、おそらく残るだろう。
しかし、それですべての人間が生活できるとは限らない。
AGIを上回るような能力を持って働ける人は、ごく一部になるだろうし、仮に人間にしかできない仕事が残ったとしても、その仕事は高度な才能や能力を必要とするものばかりになる可能性がある。そうなれば、誰もが同じようにその仕事から収入を得られるわけではない。
つまり、ロボットが人間の労働を代替する社会が本当にやってくるのであれば、そこで初めて、別の問題が発生する。
「人間は働かずして、どうやって稼いでいくのか」
そこで登場するのが、投資という考え方なのではないだろうか。
働いて得る収入ではなく、自分が持っている資産を金融市場に置き、その資産から得られる利益によって生活する。
「ロボットが働いてくれる未来が来るのだから、今のうちから資産を増やしておきましょう」
そんな話なら、確かに筋は通っているように見える。
ロボットが人間の代わりに生産し、人間はその生産物を消費する。しかし、人間自身が働いて収入を得られなくなるのであれば、その消費を支える別の仕組みが必要になる。
その一つとして、投資が位置づけられる。
ここまでなら、単なる未来予測の話として受け取ることもできるだろう。
ところが、この「ロボットが人間の代わりに働き、人間は投資によって生活する」という未来像を、少し別の角度から見てみると、私はどうしても気になることがある。
それは、こうした未来像が、いったい誰にとって都合のいい物語なのかということだ。
そして、なぜ今なのか――すでに動いている巨大な資金
ここで、もう一つ見ておきたい事実があります。
それは、アメリカの機関投資家やウォール街の金融機関が、すでに日本の株式やファンドを大規模に運用しているということです。
これは、単なる「日本市場にも少し投資してみよう」という程度の話ではありません。日本の株式市場において、外国人投資家は非常に大きな存在となっており、その資金の動きが日本株の値動きを左右するほどの規模にまでなっています。
日本取引所グループの調査を見ると、日本の株式市場における外国人投資家の保有比率は、時価総額ベースで約32%に達しており、過去最高水準にまで高まっています。また、東証プライム市場の売買代金についても、外国人投資家による取引が全体の約7割を占めるとされており、現在の日本市場が、海外から流れ込む巨大な資金と無関係ではいられないことが分かります。
その代表的な存在として挙げられるのが、世界最大級の資産運用会社であるブラックロックです。同社はグループ全体で約15兆ドル、円換算すれば約2,200兆~2,400兆円規模という巨額の資産を運用しています。
そして、日本企業との関係も決して遠いものではありません。
ブラックロックが運用する日本株ファンドの保有銘柄を見ると、トヨタ自動車、ソニーグループ、三菱UFJフィナンシャル・グループなど、日本を代表する企業の株式が組み込まれています。
さらに、日本法人であるブラックロック・ジャパンを通じて「ブラックロック日本株式オープン」などの投資信託を長年運用しているほか、iシェアーズ(iShares)というETFブランドを通じても、海外の個人投資家や機関投資家から集めた資金を日本株へ振り向けています。
そして、こうした海外資金の存在は、過去の実績だけにとどまりません。
2026年上半期には、海外投資家による日本株の買い越し額が過去最高となる9.7兆円、約600億ドルに達したとされます。東京証券取引所による企業統治改革への期待や、AI・半導体分野への成長期待などを背景に、東京エレクトロンのような日本企業にも海外から大きな資金が向かいました。
その巨大な注文を実際の市場で執行する側には、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、バンク・オブ・アメリカといった米系の大手投資銀行も存在しています。
つまり、アメリカの機関投資家やウォール街の金融機関は、日本経済を外側から眺めているだけではありません。
すでに日本企業の株式を大規模に保有し、日本株を組み込んだファンドを運用し、日々の株式取引にも深く関わっているのです。
ここまでを見ると、少なくとも一つの事実は見えてきます。
日本には、世界から巨額の投資資金が流れ込むための市場が、すでに存在しているということです。
だとすれば、ここで少し考えてみたくなります。
もしこれから、AI、半導体、人型ロボット、通信、電力、エネルギー、そしてそれらを支える社会インフラに、これまでとは比較にならないほど巨大な投資が必要になるとしたら、その資金は一体どこから集められるのでしょうか。
そして、その投資先として日本企業が組み込まれていくとしたら、私たち日本人が長年蓄えてきた莫大な預貯金や、これからNISAなどを通じて市場へ向かう資金も、決して無関係ではないはずです。
ここから先は、いよいよ「ロボット社会がやって来る」という未来予測そのものではなく、その未来を語ることによって、誰のお金が、どこへ向かって動いていくのかという話になってきます。
人間が働かなくてもいい未来を誰が必要としているのか
もしロボット社会が本当に実現するのであれば、誰かがその社会を作らなければならない。
人間よりも優秀なロボットを開発し、それを大量生産し、AIを組み込み、通信環境を整え、充電設備を作り、工場や病院や物流拠点へ導入し、それを何十年も維持していかなければならない。
つまり、ロボットが人間を労働から解放するという未来像の裏側には、それを実現するための莫大な投資が必要になる。
ここで重要なのは、資本側にとって、ロボット社会そのものが最終目標とは限らないということだ。
ロボット社会を実現するためには、まず資金を集めなければならない。
そして、その資金を集めるためには、人々に「なぜ今、投資しなければならないのか」という強い理由を与える必要がある。
「株を買ってください」と言われただけでは、人はなかなか動かない。
しかし、
「10年後には、人間の代わりにロボットが働く時代が来る」
「あなた自身が働かないなら、どうやって生活費を獲得する?」
「だから、その未来に備えて、今から資産を増やしておきましょう」
と言われたらどうだろう。
人は、単に投資商品を買うのではない。
自分が働かなくてもいい未来を買うために、今まで銀行に置いていたお金を投資へ回す。
そんな行動が広がる可能性はある。
そして、ここで私は、日本人が長年にわたって抱えてきた莫大な預貯金の存在を思い浮かべてしまう。
欧米、特にアメリカが日本の個人金融資産に強い関心を持ってきたことは、以前からよく知られている。かつては、日本国内に直接進出して、日本人の消費やサービス市場を取り込もうとしてきた。しかし、日本人の財布を直接開かせることは、そう簡単ではなかった。
そこで、次の舞台になったのが金融市場だった。
日本人が銀行に置いたままにしているお金を、投資という形で金融市場へ動かすことができれば、そこには巨大な市場が生まれる。
そして新NISAが始まり、投資信託を通じて海外の株式や海外企業にも日本人のお金が流れていく仕組みが、以前より身近なものになった。これは、金融市場から見れば非常に大きな変化だったはずだ。
ところが、ここで一つ問題がある。
日本の家計が保有する現金・預金は、2026年6月末時点で約1,132兆円もある。それに対して、NISAの累計買付額は2025年6月末時点で約63兆円にすぎない。
単純に比較すれば、約5.7%である。
つまり、これだけ巨大な預貯金が存在しているにもかかわらず、その一部しか金融市場には流れていない。金融市場から見れば、まだまだ残りがある。
そこで、こんな声が聞こえてきそうだ。
「もっと日本人のお金を動かしたい。もっと投資してもらいたい。そのためには、これまでの『老後のために貯金しましょう』とは違う、もっと強い動機が必要なのではないか」
そして、そこで登場するのが――ロボットである。
「10年後には、人間の代わりにロボットが働く時代が来る」
「あなたは完全に労働から解放される」
「では、あなたの生活費はどう獲得する?」
――これだ。
もし、こんな未来像を社会全体に広げることができたらどうだろう。単なる「投資をしましょう」という話ではない。
未来、今からお金を準備しておきましょうという話になる。そうなれば、今、コツコツ働くだけではもはや追いつかない。
投資は単なる資産運用ではなく、未来の安心を買うための準備という意味を持つようになる。
もちろん、これは一つの空想物語にすぎない。
しかし、もし金融市場の側から見れば、日本人の1,100兆円を超える預貯金を動かすために、これほど魅力的な物語がほかにあるだろうか。
ただし、ここで話は終わらない。
むしろ、日本人の1,100兆円を超える預貯金を金融市場へ誘い出すことすら、この巨大な物語の前半戦にすぎないのかもしれない。
では、その先に何があるのだろうか。
ロボット社会を支える「もう一つの巨大市場」
ロボット社会という「夢舞台」の裏に隠された、国家やグローバル投資家たちが狙うもう一つの、そして最大の核心部――それこそが、私には「電力資源の恒久化」と「インフラ利権の書き換え」という、もう一つの巨大市場に見えてしまう。
人型ロボットが24時間、街中や職場で稼働し続ける社会を想像してみてほしい。
そこは、毎日想像を絶する大容量の電力を消費し続ける社会へと変貌しているはずだ。
ひとたび電力供給がストップすれば、社会のすべての労働力が一瞬で停止してしまう。
だからこそ、ロボット社会が実現するためには、絶対に途切れることのない、圧倒的な電力供給システムとインフラ整備が不可欠になる。
ここに、天文学的な規模の巨大利権が発生する。
実は、世界中の原発が老朽化し、交換時期(リプレース)を迎えていることは10年以上も前からささやかれてきた。しかし、現状は安全性の議論やさまざまな世界情勢のなかで、古い原発をだましだまし動かし続けたり、一時的に石炭火力に戻ったりと、迷走を続けている。
国やエネルギー利権の当事者たちが、何としてでも「新しい原発への交換(次世代革新炉へのリプレース)」を国策として猛推進したいと考えたとき、何が必要か。
それは、「電気を使いまくらなければ、社会が崩壊してしまうという圧倒的な大義名分(需要)」である。
ロボットを社会のインフラにしてしまえば、国を挙げて電力供給に関する産業振興を急ピッチで進める大義名分が完成する。
電力供給が間に合わなければロボットが止まり、経済が死ぬ。だから「嫌が応にも新しい原発を作らなければならない」という世論と構造を、ロボット社会という隠れ蓑を使って作り出そうとしているのではないか。
ロボット社会を普及させるためのインフラ投資、電力供給システムを全国の職場に配置する利権、そしてその電力を一手に生み出す「新型原発へのリプレース」という巨大利権。
ところが、ここで少し皮肉なことに気づく。
そもそも、今の日本で人型ロボットが比較的入り込みやすい場所を考えてみると、案外、巨大な社会インフラなど必要ないのかもしれない。
例えば、共働きのパワーカップルが家事を任せるために購入する家庭用ロボットなら、家庭にもマンションにもオフィスにも、すでに通信環境はある程度整っている。
あとは蓄電池の性能が向上し、ロボットが家庭内を安全に動き回れるようになれば、わざわざ街全体をロボット社会仕様に作り替える必要などない。
そして、もう一つ考えられるのが手術だ。
手術室で働くロボットなら、街中や病院中を歩き回る必要もない。決められた場所に固定され、長い電源コードを家庭用の200V電源に接続してしまえば、少なくとも「電力がなくなったらロボットが止まる」という問題を、蓄電池で解決する必要すらない。
つまり、本当に人型ロボットが必要になりそうな場所だけを考えてみると、意外にも「全国にロボット専用の電力インフラを整備する」ような大掛かりな話にはならないのである。
しかし、それでは困る人たちもいるのかもしれない。
家庭用ロボットが売れ、手術用ロボットが病院に導入されるだけなら、もちろん大きな市場にはなるだろう。しかし、電力網を作り替え、通信インフラを拡張し、全国の建物や街をロボット社会仕様に改造するほどの、桁違いの巨大市場にはなりにくい。
だとすれば、「ロボットが一部の家庭や手術室で働く未来」ではなく、「人間の代わりにロボットが社会全体で24時間働く未来」を描かなければならない。
そう考えると、何とも皮肉な話である。
本当に必要なのが家庭用ロボットや手術用ロボットだけなら、そこまで大規模な電力インフラを整備する必要はない。
それでも、そこに巨大な投資市場やインフラ利権が存在するとするなら、その市場を生み出すためには、どうしても「ロボット社会がやって来る」という大義名分が必要になる。
もしかすると、「人間の代わりにロボットが働く未来」という壮大な物語は、ロボットそのものを売るためだけではなく、ロボットが社会全体を動かすために必要になる電力や通信、インフラまで含めた、もっと巨大な市場を正当化するための物語として必要とされているのではないだろうか。
これこそが、投資家やエネルギー企業、そして国が狙っている本当のゲームチェンジャー(覇権握り)なのだろう。
資金がそこそこしかなく、貯蓄にばかり励む日本人。彼らの富を吐き出させ、次なる「エネルギー・原発リプレース利権」の超巨大インフラへと投資させるため、今、このタイミングで「人型ロボットが働く未来」という、最高に魅力的で、最高に都合の良い夢物語が社会に必要とされているのだ。
その美しきキャンバスの裏には、資本主義がエネルギーという名の生命線を握り直し、次の100年を支配するために用意した、最も冷徹で巧妙な計算が隠されている。
ロボット社会は本当に実現するのか
ここまで私は、ロボット社会を実現する側、つまり資本側から、この未来を眺めてきた。
しかし、ここまで考えてくると、私はもう一つ、どうしても気になることがある。
それは、そもそもロボット社会を本当に実現するためには、あまりにも多くのお金がかかるのではないか、ということだ。
ロボットそのものを作るだけではない。
ロボットを何時間も働かせるための電力供給システムが必要になり、通信環境も整えなければならない。
病院や店舗、工場、物流施設、農地、さらには街中にまでロボットが入り込むのであれば、その場所ごとに、人間とは違う動き方をする機械を受け入れるための環境を整備しなければならない。
しかも、すべての仕事がロボットに置き換えられるわけではない。
人間が普通に働いたほうが安い場所も残るだろうし、そもそも人型ロボットを配置する必要のある場所自体が、私たちがイメージしているほど多くない可能性もある。
そう考えると、企業が単独で環境を整備するにしても、国が社会インフラとして整備するにしても、必要となる費用は莫大なものになる。
そして、その莫大な投資を回収するためには、それだけのロボット需要が本当に存在しなければならない。
ここまで考えると、私は少し奇妙なことに気づく。
もしかすると、ロボット社会を実現する側にとっても、「本当に13年後に社会全体がロボット化する」という未来そのものより、「そうなると思わせること」のほうが重要なのではないか。
もちろん、これは私の想像にすぎない。
しかし、もし最初から、すべての社会をロボット化することが目的ではなかったとしたらどうだろう。
3年後、5年後、10年後には、人間の代わりにロボットが働く社会になる。
そのためには、今からAI、半導体、ロボット、通信、電力、インフラなどに莫大な投資が必要になる。
そんな未来像が広がれば、「今のうちに投資しておかなければ、未来に乗り遅れる」という空気が生まれる。
そして、実際に人々が投資を始め、企業もロボット社会を見据えた設備投資を始め、海外企業や海外株、投資信託へも大量のお金が流れ込んでいく。
その結果、ロボット社会の到来を期待する投資そのものが、一つの巨大な市場を作り出していく。
もし、そこまでが最初から計算されていたとしたら――。
さらに、その期待が最高潮に達したところで、空売りなどが仕掛けられて市場が反転し、膨らみきった株式やファンドが大きく値を下げたとしたらどうだろう。
そこから先は、もはやロボット社会を実現するための投資ではない。
投資によって集められた資金そのものが、今度は空売りなどの別の投資の形で機関投資家たちやウォール街に移動することになる。
もちろん、ここまで来ると、もはや仮説中の仮説である。
大暴落がいつ誰によって仕掛けられるのかなど、私にはわからないし、そもそも本当に誰かがそのような計画を持っているのかどうかも確認できない。
ただ、昔から日本の金融市場では、株式から債券へ資金が移り始めることが景気の転換点として語られることがあり、現在の市場を見ても、そうした変化を意識する人がいる。
だからこそ、今の段階でさらに大きな投資を呼び込み、ロボット社会という未来への期待を膨らませていくことに、別の意味があるのではないか――。
そんな、とんでもない仮説まで考えてしまう。
しかし、ここではそれ以上考えるのをやめておこう。
ロボット社会が実現しなくても残るもの
なぜなら、仮に10年後、本当にロボット社会が実現しなかったとしても、別の問題が残るからだ。
もし今後10年ほどの間に、「ロボット購入ブーム」が起きたとする。
そして、その途中で日本市場を揺るがすような大暴落や、原因のはっきりしない大恐慌まで起きていたとしたらどうだろう。
ところが、その後も「混乱の影響で電力インフラの完成は少し遅れているものの、建設計画は今も着々と進んでいる」といった情報が繰り返し流れてくる。
実際に、ロボット社会を支えるための電力や通信インフラに巨額の投資を続けている企業も存在する。
ところが、10年後になっても、社会全体をロボットが動かすほどのインフラは整っていない。
街中をロボットが自由に歩き回ることもなく、すべての企業が人間をロボットに置き換えたわけでもない。
そして、依然として人間が主体となって労働している。
ただ、AGIによってかなりの職業が削られているとすれば、人間にはロボット以上の価値を生み出すことが求められる一方で、働く人そのものが減っているために労働価格は下がり、結果として、一人の人間がより長い時間働いている可能性もある。
さらに、ロボット社会を実現するために企業や国が巨額の社会インフラ投資を続けていたとすれば、そのために生じた負担は、最終的には企業や家計にも何らかの形で跳ね返ってくるかもしれない。
労働価格の下落と、そうした負担が重なれば、夫婦共働きどころか、家族全員が働かなければ生活を維持できないような社会になっている可能性もある。
つまり、「人間が働かなくてもいい未来」を目指していたはずなのに、現実には、とても、とても自由時間の少ない生活を送っている。
そんな時代に、例えば、家事ロボット一台が、ちょっといい車を購入するような感覚で買える時代が来たとする。
最初は、
「これで掃除もしなくていい」
「洗濯も任せられる」
「料理までやってくれる」
と考えるだろう。
そして、一度その生活を始めてしまえば、家事をほとんどしなくてもいい生活リズムが出来上がってしまう。
ところが、数年後に蓄電池の交換が必要になり、さらに故障すれば修理代がかかり、部品も交換しなければならない。
データ更新やサブスクリプションの費用も払い続け、5年、6年もすればロボット本体そのものを買い替えなければならないとしたらどうだろう。
一度、家事をしない生活を覚えてしまった家庭は、簡単には元の生活には戻れない。
「もう一度、毎日自分で掃除をして、洗濯をして、料理をする生活に戻ります」
とは、なかなかならないだろう。
そうなれば、家事ロボットは単なる便利な家電ではなく、生活そのものを維持するために必要なものになっていく。
一度手に入れた便利さを手放せなくなれば、壊れるたびに修理し、寿命が来れば買い替え、サービスを維持するために料金を払い続ける。
それは、「一度買ったら終わり」という商品ではない。
むしろ、死ぬまで家事ロボットを購入せざるを得ない生活へ、自分から入り込んでしまう可能性すらある。
ロボットは人間を解放するのか
しかし、この問題は家庭だけに起こるとは限らない。
むしろ、もっと深刻なのは、自前でロボットを動かすためのインフラを整備できない大企業や中小企業、小規模事業者なのかもしれない。
例えば、蓄電池で動く人型ロボットを「従業員」として購入するとする。最初は、ロボット本体の価格に加えて、サブスクリプションや部品交換を含むメンテナンスパックなどを合わせても、人を雇い続けるより安いと判断するかもしれない。
ところが、実際に使い始めてみると、6年おきには本体そのものを交換しなければならず、毎月のOSのデータ更新やシステムの刷新、さらには出張による整備まで別料金がかかり、使い続けるだけでさまざまな費用が発生する。
そして、何年か経ったところで、「結局、人間による労働力のほうが安かった」と気づいたとしても、その頃には簡単に元へ戻ることができないかもしれない。
人件費から永遠に解放されると思って先行投資したはずが、実際には本体代だけではなく、その後もさまざまな名目で費用を払い続けることになる。
もし、これが企業社会の中で広く起こるのだとしたら、人型ロボットは単なる「人間の代わりに働く機械」ではなく、企業が継続的に費用を支払い続ける新しい経営インフラになっていく可能性もある。
そして、ここまで考えてくると、なぜ資本側が「人型ロボット従業員が理想的な未来である」というイメージを、メディアやSNS、さらには国際会議などを通じて繰り返し語る必要があるのかという疑問も浮かんでくる。
もちろん、これも私の想像にすぎない。
それでも、仮にこの未来像を広げること自体に、ロボットを普及させることとは別の意味があるのだとしたら、そこには少なくとも三つの狙いを考えることができるのではないだろうか。
一つ目は、株価を押し上げ、新たな投資ブームを生み出すことだ。
グローバル投資家や巨大IT企業にとって、成長市場が永遠に続くわけではない。スマートフォン、クラウド、そして初期の生成AIによって大きく動いた市場の次に、さらに何兆ドルもの資金を動かすための新しい物語が必要になるとすれば、「人型ロボット」と「超高度AI、AGI」の組み合わせは、非常に大きな期待を生み出すテーマになる。
「これからは労働者が必要なくなり、企業の利益率が大きく上昇する」という未来を投資家が信じれば、その期待をもとにロボット開発企業だけでなく、半導体、エネルギー、通信、関連インフラなどにも大量の資金が流れ込むことになる。
二つ目は、ロボットそのものを売って終わるのではなく、その「脳」にあたるAGIのOSやクラウドによる制御システム、セキュリティなどのプラットフォームを握り、そこから継続的な収益を得ることだ。
例えば、現在のIT業界では、ハードウェアを一度販売して終わるのではなく、アプリストアやOS、クラウドサービスなどを通じて、利用者から継続的に料金を受け取る仕組みが作られている。
もし人型ロボットが世界中の企業に導入されるようになれば、そのロボットを動かすためのOS、データ、クラウド、セキュリティなどを提供する企業が、社会の労働インフラそのものを握ることになる。
そうなれば、企業はロボットを導入した後も、システムを利用するための料金を払い続けなければならず、その収益は一度きりの販売利益ではなく、長期間にわたって積み上がっていくことになる。
そして三つ目は、ロボット社会が抱える物理的、そしてコスト面での限界から、人々の目を逸らすことなのではないか。
今回ここまで考えてきたように、人型ロボットを社会全体で動かそうとすれば、電力、通信、蓄電池、熱対策、建物の改修、故障や交換など、実際に導入する段階になって初めて見えてくる問題が数多く存在する。
仮に、こうした現実的な問題を最初から前面に出して、「インフラ整備には限界があるため、実際に完全自動化できるのは一部の工場や限られた施設だけです」と説明したとすれば、投資家も一般の人々も、そこまで大きなお金を動かそうとは考えないかもしれない。
だからこそ、「人間の代わりにロボットが働き、人間は働かなくてもよくなる」という、もっと分かりやすく、もっと魅力的な未来像だけが大きく語られる。
そして、その華やかな未来像の陰で、実際にはどれほどの電力が必要なのか、どれほどの設備投資が必要なのか、何年ごとに本体や部品を交換しなければならないのか、利用者がどれだけの費用を払い続けることになるのかといった問題は、見えにくくなっていく。
もしそうだとすれば、私たちが見せられている「人間を労働から解放するロボット社会」という未来は、単に人間の生活を便利にするためだけの物語ではなく、投資を呼び込み、新しいプラットフォームを作り、そこから継続的な収益を生み出すための巨大な市場を育てる物語としても機能しているのではないだろうか。
そして、そう考えると、「ロボットが人間を労働から解放する」という未来は、さらに別の見方ができる。
人間は確かに、自分で仕事をする必要がなくなるかもしれない。
しかし、その代わりに、ロボットが動き続けるための電気、通信、サブスクリプション、修理、部品、蓄電池、そして本体そのものを、何度も購入し続けなければならない。
「労働から解放される」とは、本当に「お金を稼ぐ必要がなくなる」という意味なのだろうか。
もしかすると、私たちが「働かなくてもいい未来」だと思っているものは、労働からの解放ではなく、別の形の消費へと私たちを導くための未来なのかもしれない。
そして、そのロボットを動かし続けるために、電気を買い、通信を買い、サービスを買い、部品を買い、壊れれば修理し、寿命が来ればまた新しいロボットを買う。
もし、それがロボット社会の本当の姿だとしたら――。
「人間を労働から解放する」という革命は、実は「人間を終わりのない購買から解放しないための革命」なのかもしれない。
それ、つまり、生活を共にする全員が働き、投資をしながら自由時間やプライベートの時間を手に入れるために家事ロボットを購入する一方で、資金力はあっても自前でロボット社会を支えるインフラまで整備することのできない日本企業の大半が、人件費によって利益を圧迫され続ける状況から解放されたいと考え、従業員の代わりに働くロボットを購入する。
そして、そのために車を買うのと同じようなローンまで組んで、金融業界にも利益をもたらすことと、さらに、電力システムそのものを社会インフラとして整備することが、もはや現実的ではないと判明する段階に至るまで、ロボット社会を支えるインフラ構築に関わる企業やサプライチェーンの隅々にまで資金を流し込み、そこで生まれるさまざまな利益を吸い上げ続けることこそが、資本側にとっての「働かなくてもいい未来革命」の、もう一つの顔なのではないだろうか。

最悪のシナリオは、ロボット社会が実現しないことなのかもしれない。
かつて「これからはEVが世界標準になる」と大きく語られながら、実際には市場や消費者の反応を受け、ハイブリッドやPHEVを含めた複数の選択肢へと自動車メーカーの戦略が修正されていったことにも、少し似ているのではないだろうか。
もし人型ロボットでも同じことが起きたら――。
ところで、ここで最後の最後に、具体的な例を考えてみたい。
実際に、ロボットや自動運転などを組み込んだスマートシティは、すでに存在する。
代表的なのが、トヨタ自動車が静岡県裾野市で開発した「ウーブン・シティ」だ。
ただし、ここで重要なのは、最初からインフラが整っている工場跡地だから簡単にスマートシティが作れたということではない。
むしろ、既存の工場インフラをそのまま利用するのではなく、道路や通信、エネルギーなどを含めて、新しい都市としてゼロから設計し直せる環境だからこそ、さまざまな実証が可能になっている。
道路の下に物流専用のトンネルを設けるといった、通常の都市では実現することが難しい大胆な都市設計も、既存の住民や交通網、土地所有者との複雑な調整を最小限にできる場所だからこそ可能になる。
つまりは、広大な私有地を丸ごとトヨタの裁量で自由に一からデザインできたから、理想的なスマートシティができたのではないでしょうか。
逆に言えば、すでに人が暮らし、道路や建物が存在し、さまざまな権利関係が絡み合っている普通の街を、同じようなスマートシティへ作り替えることは、それほど簡単ではない。
それなのに、わずか10年後には、ほとんどの職場で人間の代わりにロボット従業員が働いている――。
果たして、そんな社会が本当に、今の街や建物を使いながら実現できるのだろうか。
社会全体をロボット化するほどのインフラは完成せず、人間は相変わらず働いている。
それでも、すでに購入したロボットのローンや通信費、サブスクリプション、保険付きのメンテナンスパック、車検に似た徴税つきロボット検査登録制度は残る。
これほど皮肉な「未来革命」が、ほかにあるだろうか。
