料理は、もう人間が作らなくてもいいのではないでしょうか。
栄養バランスが計算され、安全に製造され、おいしく、しかも数分で食べられる。
そんな食品を機械が作ってくれるなら、わざわざ人間が何十分も、何時間もかけて料理をする必要などないはずです。
献立を考える。
食材を買う。
切る。
焼く。
煮る。
盛り付ける。
食器を洗う。
それを毎日、何十年も繰り返す。
もしAIと機械が、そのほとんどを数分で終わらせてくれるのなら――。
その時間を、私たちは何に使うのでしょうか。
仕事をする。
家族と過ごす。
旅行する。
趣味を楽しむ。
人と会う。
何もしない。
人生で本当に欲しかったのは、「料理をする時間」だったのでしょうか。
それとも、自分の好きなことを選べる自由な時間だったのでしょうか。
私には、機械化こそが人類の暮らしをさらに豊かにする、極めて合理的な進歩に思えます。
だから私は、あえてこう問いかけてみたいのです。
「手作り料理は、もう必要ないのではないか?」
ところが――。
この問いを突き詰めていくと、私は思いもよらないところで立ち止まることになりました。

人類の進歩に“手作り”は不要、むしろ邪魔なだけ?
手作りは本当に必要なのか。食事の機械化が人類にもたらす自由と、最後に残るものを考える。
