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養気美動<第一話>

「良い温泉」とはいったい何なのだろうか?を再定義する

源泉から浴室まで、何も手を加えずに注がれる温泉を探すことは、意外なほど難しく感じます。

だからこそ私は、「良い温泉とは何か」という問いを、泉質や成分だけではなく、その土地でどのように過ごし、何を食べ、どんな環境の中で身体を休ませるのかというところまで広げて考えてみたいと思います。

◆湯治に必要なのは「温泉の強さ」だけではない

元来ならば、私は循環ろ過や消毒を行っている温泉を、積極的にレポートすることはありません。温泉本来の良さを考えると、どうしても源泉かけ流しを優先してしまうからです。

しかし、湯治という視点から温泉を考えてみると、必ずしも「源泉からダイレクトに注ぎ込まれる温浴環境」だけを優先すればよいわけではありません。

泉質や成分の豊かさはもちろんのこと、施設そのものがどのような環境をつくっているのか、例えばホルミシス環境をどのように体験できるのかといった点も、湯治を考えるうえでは重要な要素になってきます。

特にホルミシス環境を体験できる施設には、岩盤浴、ラドンルーム、ラドン温泉など、それぞれに特色があります。

密閉された空間でラドンガスを吸入できる施設自体も決して珍しいものではなく、例えば山梨県の有名なラドン施設では、レンガ造りの密閉ルームで入浴しながらラドンガスを吸入できますし、今年のはじめに調査した猿投温泉金泉閣や増富温泉不老閣では、ロウリュ式サウナの中でラドン浴を楽しむことができます。

また、新玉川温泉では、ラドンガス蒸気サウナや箱蒸し、北投石岩盤浴など、多彩な設備の中でホルミシス環境を体験することができます。

ただ、こうした施設の多くは入浴やサウナそのものが中心となるため、高温環境の中で長時間過ごすことは、誰にとっても容易なことではありません。

そこで私が注目したのが、温泉の成分や環境を、できるだけ身体への負担を抑えながら、長い時間をかけて取り入れていくという考え方です。

湯治の価値を入浴時の成分や温泉環境から得られるものとして考えるのであれば、体力のある人だけではなく、体力が落ちている人でも無理なく滞在できる環境には、大きな意味があるのではないかと思うのです。

以前、温泉保養の資格講座で、玉川温泉の岩盤浴について話された講師がいました。

玉川温泉は難治の病を治しにくる温泉として有名ですが、その講師によると、体力が虚弱な人には、温浴と岩盤浴の組み合わせをすすめていないそうです。

なぜなら、酸性泉による代謝向上と、熱い岩盤によって身体を温めることが重なることで、大きな負荷が身体にかかるからです。

温泉の力を十分に受け取れる一方で、それだけ体力を消耗することにもなるため、虚弱な人の場合には、かえって身体への負担が大きくなり、病状を悪化させる可能性もあるという話でした。

実際、何が何でも岩盤浴を続けようとするお客様も多いらしく、注意を振り払って続けたことで病気が悪化したり、死期を早めてしまったという人もいたと聞きました。

もちろん、これは私自身が確認した事実ではなく、講師から聞いた話に過ぎませんが、酸性泉に加えて高温環境まで重なれば、それだけ身体が体力を消耗するという考え方には、私自身も納得するところがあります。

そう考えると、温泉の力が強ければ強いほど、それを受ける側の体力との兼ね合いを考えなければならないのではないでしょうか。

温泉には確かに強い力がありますが、その力を最大限に受ければよいという単純な話ではなく、むしろ「どれだけの力を、どのような環境で、どれだけの時間をかけて受けるのか」という視点が必要になるのだと思います。

だからこそ、もし体力が虚弱な人の湯治を考えるのであれば、高温の温浴や岩盤浴を短時間で繰り返すよりも、身体への負担を抑えながら長い時間をかけて過ごせる環境のほうが適しているのではないかと私は考えています。

例えば、温泉そのものにゆっくり浸かりながら、食事についても養生食を組み合わせ、じっくりと身体を休ませていく。

私が考えているのは、そうした「強い刺激を与える湯治」ではなく、「無理なく長く滞在することで、身体を養っていく湯治」です。

そのための入浴環境として私が思い描いているのは、ラジウム濃度を抑えた環境で、北投石などを利用した湯舟に36~37℃程度の泉温でゆっくり浸かる方法や、ラジホープを40℃程度の湯に溶かし、比較的短時間の入浴に低温サウナなどを組み合わせて、無理のない範囲でラドン環境を取り入れていく方法です。

そう考えていくと、温泉そのものが循環ろ過や消毒を採用している施設であっても、それだけを理由に価値を否定することはできなくなります。

温泉の状態だけを見るのではなく、そこにどのような設備があり、どのような環境で、どれだけ無理なく身体を休ませながら過ごせるのかまで含めて考えてみると、源泉かけ流しとはまた違った価値が見えてくるからです。

だからこそ今回は、温泉そのものについては循環ろ過・消毒を採用している施設であっても、それを補って余りある価値があると判断し、ラドン入浴ができる二つの施設を実際に訪れてみることにしました。

北投石などを利用した湯舟に36~37℃程度の泉温でゆっくり浸かる前者の方法はぽかぽかランド美麻で、ラジホープではなく、医薬品の認定も受けているラジウムを豊富に含む石である恵那ラジウム鉱砂をお湯にいれた人工ラドン泉+低温サウナを合わせたラドン環境を特徴づけている後者の方法は休暇村陸中宮古を対象に調査しました。

両者とも、体力虚弱者の湯治向きであり、食事や施設滞在を含めた養生であれば、一泊二日を
月2回過ごす程度でも、湯治効果を十分に受け取ることができることを実感しました。

実際に私は、それぞれの施設で合計30分程度の入浴を体験しましたが、低温サウナを備えた施設では、高温サウナのような息苦しさを感じることもなく、ゆったりと湯治ができました。

私自身、この「長時間でも快適に滞在できる心地よさ」と、「ホルミシス環境を無理なく取り入れられる」という二つの価値こそが、この施設の最大の魅力なのではないかと感じています。

温泉の価値は、必ずしも「どれだけ強いか」だけで決まるものではありません。

むしろ、その人の体力や身体の状態に合わせて、どれだけ無理なく、その環境の中に長く身を置くことができるのか。私はそこにも、これからの湯治を考えるうえで大切な価値があるのではないかと思っています。

◆温泉の成分だけに頼らない湯治

ここまで、温泉の泉質や成分だけではなく、身体への負担を抑えながら長時間その環境に身を置くことにも湯治としての価値があるのではないか、と考えてきました。

しかし、逆に考えれば、成分総計が温泉基準のぎりぎりにあるような、いわゆる「あまり特色のない温泉」の場合には、泉質や成分だけに湯治効果を求めようとすると、どうしても長期滞在型の湯治になってしまいます。

源泉からダイレクトに注がれる天然温泉でありながら、これといった特色が見つからない温泉であれば、もちろん源泉かけ流しであること自体には価値があります。

しかし、それだけではなく、食事を植物性油脂、亜硝酸塩やリン酸塩抜き、なおかつきちんと手が加えられているものにすることを最低条件としたうえで、浴室が置かれている「その土地の環境」そのものを養生に取り入れるという考え方もできるのではないでしょうか。

例えば、今回訪れた川俣温泉は、鬼怒川の源流域にあります。

現地からさらに源流方向へ向かってもダム湖はなく、川の起点から温泉近くの沢まで、水の流れとして考えれば、おそらく1~2時間程度で到達する距離にあります。

ここで思い出していただきたいのが、以前、滋味美動<第3話>で水道水の鮮度について書いた際に触れた、「地下から湧き上がった水は、地上に出た瞬間から生命力が抜け始める」という私の考え方です。

これは科学的な意味で水に生命力が存在するという話ではなく、あくまで私が水の状態を捉えるために用いている一つの考え方ですが、水は時間の経過とともに環境の影響を受け、その状態が変化していくと考えれば、ダム湖などに長く滞留した水と、源流域を勢いよく流れる水とでは、少なくとも私にはまったく違ったものに感じられます。

リブマックスリゾート川俣温泉は、その浴室がまさに川のほとりにあります。

鬼怒川という大きな河川の起点に近い源流域ですから、山から流れ出たばかりの水が、すぐそばをゴーゴーと流れているわけです。

さらに近くには間欠泉があり、川を取り囲む岩々にも、単なる景観としてではなく、大地の力がみなぎっているような印象を受けます。

そのような環境の中に温泉があるのですから、私は、泉質や成分だけを見るのではなく、源流域を流れる水や岩、大地、そしてそこから生まれる温泉という環境全体を一つの養生環境として捉えることができるのではないかと思っています。

そう考えれば、温泉の成分だけに頼らなくても、その土地そのものが持つ環境との相乗効果によって、一泊程度の宿泊でも十分に身体を休ませ、活力を取り戻すきっかけを得られるのではないでしょうか。

そして、もう一つ重要になるのが「食」です。以前、私は「薬や食材で直接体力を増やすことはできない」と書きましたが、東洋医学には、身体に不足しているものを「補う」という考え方があります。

その考え方を食事として形にしたものの一つが薬膳であり、そう考えれば、食材もまた、単なる栄養補給ではなく、身体を養うための一つの手段になり得るわけです。


ところが現代では、土の香りを残した朝採れの野菜や、釣り上げたばかりの魚、時間をかけて熟成された肉など、素材そのものの状態を感じられる「生きた食材」に旅先で出会うことさえ、以前ほど簡単ではなくなりました。

せっかく温泉地まで足を運んでも、食事がどこかで作られた加工食品を温めて並べただけのものばかりでは、身体を休めるための旅としては、少し寂しいものがあります。

だから私は、旅先での食事についても、できるだけ自分なりの基準を持つようにしています。例えば、添加物の多い漬物や市販のサラダドレッシング、亜硝酸塩やリン酸塩などを含む加工肉、成型肉、魚卵などはできるだけ避けます。

さらに、ガンや自己免疫疾患の源と疑われている慢性炎症体質を誘発するPGE2を過剰に産生する植物性油脂がつなぎとして利用されているレトルト・冷凍食品・食品衛生法の適用が免れない販売されているお惣菜類などを避け、可能な範囲で自然な形の食事を選ぶようにしています。

特に私が気にしているのが、油を使わなくてもよさそうなお惣菜や弁当であっても、裏面の原材料表示を見ると「植物性油脂」と書かれているケースです。

それが衛生上の必要性から使用されている場合もあれば、つやを出すためなど、料理そのものとは別の目的で使用されている場合もありますから、私は表示を確認したうえで、自分なりに選択するようにしています。

そうした条件を満たすのであれば、必ずしも一品一品を手作りした懐石料理でなければならないとは考えていません。

むしろ、40品以上の料理が並ぶようなビュッフェ形式であれば、その中から自分の条件に合う料理だけを選び、自分なりの養生メニューを組み立てることができます。

そこで今回、私が選んだのが、若い人にも利用されそうなリゾート形式の宿泊施設であるリブマックスリゾート川俣温泉でした。

高級旅館のように最初から完成された一食を提供してもらうのではなく、多くの料理の中から自分に必要なものを選ぶことができるなら、むしろ私の考える養生には、そのほうが向いているのではないかと考えたからです。

ところが、実際には小規模リゾートにおけるごく稀な悪い例ともいえる状況に当たってしまい、夕食には条件に合わせて組み合わせられる食材がほとんどありませんでした。

しかし、幸いなことにすき焼きが食べ放題になっていたため、備え付けの割り下は私たちには甘すぎることから、そばつゆを使って自分たちの好みの味に調整し、そのすき焼きをおかずにすることで、結果的には自分たちなりの条件に沿った食事をすることができました。

そもそも、すき焼きや鍋物という料理は、たとえ使用されている食材の一部が加工品であったとしても、鍋に盛りつける段階で人の手が加えられますし、鍋物の基本的な考え方には、食材をできるだけ丸ごといただく「一物全体」という食養生の考え方にも通じるところがあります。

一物全体とは、生命あるものを部分的に切り取って利用するのではなく、できるだけ丸ごと、余すところなくいただくという考え方です。

そう考えると、すき焼きや鍋物は、見た目には決して特別な養生食には見えなくても、食材を組み合わせて一つの料理に仕上げ、そこに人の手を加えていただくという意味では、実は養生食として非常に相性のよい料理なのかもしれません。

温泉の成分だけを見るのではなく、その土地の環境を感じ、身体への負担を考えながら温泉に入り、さらに食事によって身体を養う。

私が今回の川俣温泉で試してみたかったのは、まさにそうした、温泉だけに湯治を任せない養生の形だったのです。