病態.
寝違いとは、急性の頚部痛のことを示します。
急性と言えば体表的な疾患はぎっくり腰ですが、洗面姿勢から起き上がりなど同じ姿勢でずっと居続けた後、不意に動かして症状が発するぎっくり腰とは違い、
寝違いは、起床時の動き出しに発症する、つまり『朝』という限定した条件で発症する印象が強い症状です。
一般的には、目覚めはなんとなく首周囲が重くだるく感じ、朝の支度をしているうちに徐々に痛みが増し、後ろを向くなど、回旋の強い動作をするとさらにひどく痛んでいきます。
そして、そうした動作を繰り返しているうちに、痛みのせいで頭を動かせなくなっていきます。
ひどい症状にもなれば、「朝目が覚めて起き上がろうとしたら、首にビシッと痛みが走って動かせなくなった」と、
動き始めから既に頭の位置を変えることができない、ベッドから出れないといった重篤な症状を発する場合もあります。
症状としては頚部が局所的に痛む場合もあれば、首~肩甲骨の範囲にだるい、重いといった不快感が広がる場合もあります。
中には、稀に上腕・前腕に疼痛が至る場合もあり、いずれの症状も、頚部の回旋、側屈や伸展に伴って発症するケースがほとんどで、狭まった頚部のモーションが少しでも超えた場合に、ギクッと痛くなるという具合です。
重症な場合は、顔を真上へ向けて天井を見る、真下へ向けて床を見る、左右に傾ける、左右を振り向くといった動き全てが制限されてしまいます。
少しでも動かそう思うなら激痛が走る、というようにとてもやっかいです。
また、症状がひどい肩こりのような感覚のため、温めたりマッサージをしてもらったりして、症状をひどくしてしまうケースが後を絶ちません。
見分け方.
レントゲンやMRI所見では、「骨がつまっています」「椎間板がやや薄いかな?」と指摘を受ける以外は、特に異常が見られません。骨の変形も見当たりません。
しかし、頸椎を触診すると、どの椎骨にも可動性亢進(限度を超えて動いてしまう関節の状態)が見られる、明らかに頸椎椎間関節の靭帯に損傷や伸長-いわゆる、靭帯捻挫の状態が見受けられるケースが多いように思います。
関節の靭帯の障害は、モーションに関わることが主になっています。
そのため、画像判定ではなく、関節の可動性がどうなっているのかを調べることが 症状判定のキーとなりますので、スタティックパルペーションの後にモーションパルペーションで可動性を確認することが優先されます。
症例.
寝違いから全身痛に発展した例
初来院:2006年7月 福生市 女性50代(会社員)
主訴:寝違い 副症:肩背腰・四肢痛 症状歴8年
全身痛を訴える。8年前に寝違いを起こして後から、徐々に首、肩、腰と下肢に痛みが広がり、 3年前あたりから、頻発する寝違いから頭痛が慢性化。
明らかに仕事がのろくなり、寝ても休んでも痛みとだるさがとれない毎日に。
某医大、有名大病院など、良いと勧められた医療機関にはいろいろ通ったが鎮痛剤と湿布以外の対処をしてくれるわけでもなく、民間療法にかかるも少し緩和する程度で、治療をやめると再発するを繰り返していました。
(民間療法院には痛くなったら来てくださいという指示だったため、治療のはじめから1か月に1回のペースで通っていたという。)
そして、(当院に来院2週間前に)とうとう買い物袋を両手に下げて持った数秒で腕がガクンと下がって激しい痛みで力が入らなくなり、3日間筋力が回復しなかったことに驚き、チラシを見て思い切って当院に飛び込んでみたという。
初見
寝違いのほかに、
- 後ろに振り向くたびに肩甲骨の間と肘がズキッと痛む
- 携帯の画面を見るために首を下げていられない
- 背筋を伸ばそうとすると背中が痛い、あるいはだるくなる
- ドアノブを握ろうとすると手のひらがビリっと痛い
- 1年に2,3回のぎっくり腰(1週間寝込んで1か月間は痛みが続く)
- 股間を開こうとすると股関節と膝にビビッ!と痛みが走る
が目立ったため、全身の骨格検査を行ったところ、頸椎は全般的にユルユル、胸椎と腰椎は拘縮が強く、骨盤は腰椎との連動性に不安定さが見つかりました。
関節はモーションとスタビリティの両方が備わってこそ正常に働き、その上で筋肉の健康が守られます。
頸椎がユルユルなのは胸腰椎の柔軟性が欠けていたからであり、胸腰椎が拘縮したのは骨盤が開いて安定性が欠けていたためなので、頸椎を治療するだけでは良くならないのは明白でした。
初見で伝えた治療計画
寝違いにおける骨盤と背骨施術は、症状回復の持続性を高めるために施すもので、通常は数個のゆがみを矯正するだけで済むため、治療期間の平均は3か月程度、長くても半年程度です。
しかし、該当の女性は、背骨と骨盤の(全体的な)不安定な連動性が、最終的に寝違いを引き起こしていたという珍しい構図だったため、土台の修復を図る必要性を踏まえ、再発のない完治までに3~4年はかかると伝えました。
また、放置した場合のリスク、現時点で足の筋力低下を引き起こしているので、数年後、足の痛みに悩まされるようになったら、もはや運動で健康維持は不可能と予測されることをあわせて説明。
そんなカラダの状態なので、初めの数か月は週に2回、以後最低1年は週に1回、最終的には月1回の施術と週に3回の運動を1年間、が完治に必要であると伝え、了承いただいてからの施術となりました。
実際の治療
初期治療では頸椎には触らず 、まずは骨盤を閉じて体幹の土台の安定性と股関節の可動性を回復させ、次に拘縮した背骨全体に柔軟性を与え、最後に出現した数個の頸椎のゆがみを矯正することで症状を回復させることができました。
全治療期間は3年です。
もし、、、
初見のヒアリングで、出産後は股関節が定まらず、何かの拍子にガクッと足の力が抜ける期間を経た後、腰痛に悩まされたという病歴がありました。
数年に1回ですが一週間は寝込み、一か月間は痛み続くというぎっくり腰という病歴です。そのようなぎっくり腰が当院にくるまでに8回。
これは骨盤がはずれっぱなしになった時の特徴的な症状です。
もし、出産後の不調として産後ケアをしっかり行っていれば、寝違いや全身痛で苦しむこともなかったでしょう。
しかし、2006年の時点では産後に骨盤をケアする施術は流行っていませんでしたから、施術に出会わなかったのは仕方がありません。
また、腰痛に関して今でもあまり知られてないなあ、と感じることですが、慢性腰痛は患う人が多くても、
ぎっくり腰は腰に大きな負担を強いるスポーツをたしなむなどない限り、そうそうならないものです(腰痛は私の職業病ですが、ぎっくり腰には一度もなったことはありません)。
となると、一生涯に2,3回起こすだけでも、腰痛としての重症度はかなり高いものと捉えられるといえます。
ですからもし、この方が2回目のぎっくり腰をやった時に適切に骨盤と背骨のケアを行っていれば、治療期間が年単位になることはなかったのだろうし、週一回の通院からはじめても3,4か月で症状が落ち着いたことでしょう。